日本語 English
優れた「にじみ」の画仙紙、紙漉き体験、山梨県の手漉き(手すき)和紙
有限会社 山十製紙
0556-42-2511
10:00~17:00(月〜金)

450年続く西嶋和紙の歴史

武田信玄
武田信玄像

西嶋和紙の始まり

西嶋和紙は言い伝えによると、戦国時代に望月清兵衛翁が伊豆国田方郡立野村(現在の伊豆市)で三椏を原料とした「修善寺紙」の製法を学んで西嶋に持ち帰ったことに由来しています。
そして元亀2辛未年(1571年)、西嶋で初めて漉いた和紙を国主の武田信玄に献上したところ、信玄公はたいへん喜んで、「運上紙」として認め、西嶋の西と辛未に因んで「西未」の朱印をつくり、武田割菱の紋を刻んで清兵衛に賜り、西嶋及びその付近で紙を漉くことと、清兵衛翁を紙の役人に命ぜられました。

栄宝寺文化財
望月清兵衛翁 宝篋印塔

戦前、戦後の西嶋和紙

徳川時代までは西嶋を中心とする峡南地域において盛んに製紙が行われましたが、明治以後は峡南地方の各地域で除々に少なくなり、現在では西嶋だけとなりました。

第ニ次世界大戦後、西嶋では画仙紙の製法を開発するとともに、新しい原料として故紙 (―度漉いた、三極等を原料とした和紙)や稲ワラをはじめ様々な素材を導入し、現在 に至るまで「書道半紙」 「画仙紙」を中心に特徴ある高品質な和紙を製造してきております。また、セイコー式簡易手漉き装置の開発により、紙漉きの作業の効率化に取り組んでいます。このように、四百有余年の長い伝統と様々な技術・素材改善等の努カにより、西嶋和紙は 「墨色の発色」 「にじみ具合」「筆ざわり」等に特に傑出したものとなり、今や全国の書道家や書道愛好家に珍重・愛用されています。

近年の西嶋和紙の取り組み

近年においては、望月清兵衛翁当時の三極を使用した和紙を復活させ、新しく開発しかしの技術を使った卒業証書や灯り、壁紙などのインテリア、文具用紙への展開を行う等、常に新しい分野への進出、可能性の探究を積極的に行っています。
また、日本にとどまらず海外からも出品作品をいただく「薬倫書道展」や「西嶋和紙絵手紙展」などを開催することにより、和紙を活用した文化教育活動にもカを注いでいます。